志島ヶ原(読み)ししまがはら

日本歴史地名大系 「志島ヶ原」の解説

志島ヶ原
ししまがはら

[現在地名]今治市桜井

志々満ヶ原とも書く。燧(ひうち)灘に臨む、面積約一〇万平方メートルの海岸松林地域。綱敷(つなしき)天満宮を中心として一面に展開する白砂青松は、黒松・赤松の古木が連亘して、その数およそ三千本を数える。前面海上には平市(へいち)島・比岐(ひぎ)島を隔てて四阪(しさか)島(越智郡宮窪村)を望み、後方には釣瓶(つるべ)山・霊仙(りようせん)山・世田(せた)山の古跡を負い、遠く石鎚(いしづち)連峰の雄大な遠景をおさめ、景観佳絶の地である。志島ヶ原からの海上の眺望について、明治一三年(一八八〇)の「伊予国越智郡地誌」は、

<資料は省略されています>

と描写している。国指定名勝。

志島ヶ原の中央海岸には土を盛り塁状に築いた台場跡がある。黒船来寇に備え、安政二年(一八五五)六月今治藩によって築調されたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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