綱敷天満宮(読み)つなしきてんまんぐう

日本歴史地名大系 「綱敷天満宮」の解説

綱敷天満宮
つなしきてんまんぐう

[現在地名]博多区綱場町

旧村社、祭神菅原道真。慶長元年(一五九六)綱場つなば町に移されたが、元禄一四年(一七〇一)買得による社地拡張により土居町下どいまちしも側に門を設け、以降土居町下の所在とみなされるようになった。創祀に関して菅原道真が大宰府に左遷された際、そで湊に上陸した道真に海人が船の綱を輪にして敷物とし、休憩の場を作ったと伝え、綱輪つなわ天神と通称された。また綱敷天神とも称された(「続風土記」「石城志」など)。もとは袖湊の入海のそばにあったと伝えるが、度々兵火にかかって転々と社地を変え、慶長元年僧正円が現在地に再興。


綱敷天満宮
つなしきてんまんぐう

[現在地名]椎田町高塚

周防灘に面した字浜宮はまみやの松林中に鎮座する。旧郷社。祭神は菅原道真・天穂日命・吉祥女。俗に椎田天満宮・椎田の浜宮とも称した。「太宰管内志」には昌泰四年(九〇一)大宰府に左遷された菅原道真が風波のため漂着したのを、八田はつた尾原おばら(小原)の民が助けて纜を敷いた席を設け、道真没後には椎田高塚に祠を建立し道真を祀った。


綱敷天満宮
つなしきてんまんぐう

[現在地名]今治市古国分

天神原てんじんばら白砂青松の景勝地にある。祭神は菅原道真。旧郷社。

寛永年中(一六二四―四四)の社地改(古国分村由来記)では東西一一四間、南北五五間と広大であったが、明治一三年(一八八〇)の「伊予国越智郡地誌」では四四間と一二間で著しく減少している。

「古国分村由来記」によると、宝永七年(一七一〇)から神輿の宮出しが始まったが、正徳三年(一七一三)祭礼に、神前に魚を供えたことから、別当国分寺と社人の七年間にわたる争論となり、その間祭礼が行われなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「綱敷天満宮」の解説

綱敷天満宮〔兵庫県〕

兵庫県神戸市須磨区、須磨の浦付近にある神社。祭神は菅原道真。太宰府への左遷の折に道真が立ち寄り、猟師大綱で編んだ円座で休んだとの言い伝えがある。

綱敷天満宮〔福岡県〕

福岡県築上郡築上町にある神社。主祭神は菅原道真。道真没後に建立された天満天神社を勧進したものと伝わる。梅の名所

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

事典・日本の観光資源 「綱敷天満宮」の解説

綱敷天満宮

(福岡県築上郡築上町)
福岡県文化百選 建物編指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

世界大百科事典(旧版)内の綱敷天満宮の言及

【椎田[町]】より

…米作を主とする農業が主産業で,野菜栽培も盛んであるが,近年北九州市への通勤者も増加している。豊前海岸には菅原道真とゆかりの深い綱敷天満宮(浜宮)があり,梅の名所として知られる。【松橋 公治】。…

※「綱敷天満宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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