縄やさおの先につけて井戸水をくみあげる桶。〈吊る瓮(つるへ)〉の意といい,木製やブリキ製のものが普通だが,古くは陶製のものであったという。《和名抄》には〈缶(つるべ),唐韻に云う缶(かん)(音貫,楊氏漢語抄に云う,都留閉(つるべ)),水を汲む器なり〉とある。古く《日本書紀》神代下に〈豊玉姫の侍者(まかたち),玉瓶(たまのつるべ)を以て水を汲む〉とある。ポンプ井戸が普及する前は,たいていこの釣瓶を用いた〈車井戸(くるまいど)〉や〈はね釣瓶(桔槹(きつこう)ともいう)〉で水をくんでいた。沖縄の宮古八重山地方では,かつて葵蒲(くば)の葉でつくった釣瓶が掘井戸(ツリカワ)で用いられ,ブリキ製になってもその形態だけは受け継いでいた。釣瓶にまつわる言葉は多く,鉄砲などをたてつづけに連打することを〈釣瓶打ち〉,秋の日の暮れやすい様を釣瓶がまっすぐ急速に落ちることになぞらえて〈秋の日の釣瓶落とし〉,直立していることを〈釣瓶立ち〉などといった。また大樹の枝から通行人の頭上へ大きな釣瓶を下ろしたり,それで引きあげて食うという妖怪はツルベオロシ,ツルベオトシと呼ばれ各地に分布する。釣瓶のすばやい動きなどが人々に強い印象や恐怖感を与えて生まれた伝承と思われる。この妖怪は仮名草子の《百物語評判》などにも登場しており,そこでは目鼻口をもった火の玉で夜陰に大樹を鞠(まり)のように上下するものとされている。また,江戸時代には〈釣瓶銭(つるべせん)〉といって,共同井戸の釣瓶や釣瓶縄の掛替えや井戸替えの費用として家主が借家人から徴収する風習も行われていた。なお,〈はね釣瓶〉は日本だけでなく,スペイン,ドイツ,フランドル地方などヨーロッパ各地でも使われ,ハンガリーの農村では今日でも見ることができる。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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