志戸桶間切(読み)しいーまぎり

日本歴史地名大系 「志戸桶間切」の解説

志戸桶間切
しいーまぎり

喜界島の北東部北側に置かれた行政区分。琉球王国時代に設置され、近世に継承された。嘉靖三三年(一五五四)八月二九日の琉球辞令書(孝野武志氏所蔵文書)に「きゝやのしとおけまきりの大くすく」とみえ、大城の大屋子職に「やくにとミ」のひきの一人「さわのおきて」が任じられている。間切が成立し、掟職が置かれていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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