志摩利庄(読み)しまりのしよう

日本歴史地名大系 「志摩利庄」の解説

志摩利庄
しまりのしよう

古代の志麻(しま)郷(和名抄)の系譜を引く荘園。小畠(こばたけ)を中心に上(かみ)・光信(みつのぶ)・光末(みつすえ)・常光(つねみつ)・亀石(かめいし)・父木野(ちぢきの)を含んだという(西備名区)。油木(ゆき)八幡神社(現油木町)所蔵の大般若経第三三〇巻奥書(応安七年記)に「備後志摩利庄上保」、康正二年造内裏段銭并国役引付に「五貫文(中略)伊勢備後入道殿備後国志摩利庄段銭」とみえ、「親元日記別録」政所賦銘引付に

<資料は省略されています>

とある。また明応四年(一四九五)一二月二九日付伊勢七郎右衛門尉宛の室町幕府奉行人連署奉書(前田家所蔵文書)に「御料所備後国志摩利庄地頭職内公文名号是恒三郎丸本役分事、近年齢阿令難渋之、剰三名延末行里重藤并長宝寺領内田地七段等、称彼下知、宮遠江又五郎押妨云々」とみえる。これらによれば当庄は室町時代、幕府料所であり、幕府の政所執事を世襲した伊勢氏の一族が、代官として段銭国役の徴収などにかかわっていたことが知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む