志知川浦(読み)しちがわうら

日本歴史地名大系 「志知川浦」の解説

志知川浦
しちがわうら

[現在地名]西淡町松帆志知川(まつほしちがわ)・阿那賀志知川(あながしちがわ)

高屋(たかや)・脇田(わきだ)両村の西、大日(だいにち)川の下流域の水害の多い低地帯の本村と、西方約七キロの播磨灘に面した西淡丘陵にある山分からなる。阿那賀浦に接する山分は薪柴の採取地であった(重修常磐草)。現加東(かとう)郡東条(とうじよう)町の禅滝(ぜんりゆう)寺蔵大般若経の応安三年(一三七〇)一〇月の修理銘に「志知河左衛門二郎の庵」とみえる。「三原郡史」は志知河を志知川浦と西路(にしじ)浦を合せた地域と推定している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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