志知川浦(読み)しちがわうら

日本歴史地名大系 「志知川浦」の解説

志知川浦
しちがわうら

[現在地名]西淡町松帆志知川まつほしちがわ阿那賀志知川あながしちがわ

高屋たかや脇田わきだ両村の西、大日だいにち川の下流域の水害の多い低地帯の本村と、西方約七キロの播磨灘に面した西淡丘陵にある山分からなる。阿那賀浦に接する山分は薪柴の採取地であった(重修常磐草)。現加東かとう東条とうじよう町の禅滝ぜんりゆう寺蔵大般若経の応安三年(一三七〇)一〇月の修理銘に「志知河左衛門二郎の庵」とみえる。「三原郡史」は志知河を志知川浦と西路にしじ浦を合せた地域と推定している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む