恋路村(読み)こいじむら

日本歴史地名大系 「恋路村」の解説

恋路村
こいじむら

[現在地名]内浦町恋路

松波まつなみ村の北にあり、集落は海岸線に多く集まり、内浦街道が通る。沖に松の茂る弁天べんてん島があり、「能登名跡志」に「名にめでゝ風景たぐひなし、沖に弁財天小島あり」とみえる。戦国後期頃の能登内浦村々給人注文写(諸橋文書)に「恋津」とあり、遊佐氏の知行地であった。中世若山わかやま木郎もくろう郷に属したとみられ、同庄ただ(現珠洲市)との境界にあたる。正保郷帳に恋路村とみえ、高八七石余、田四町一反余・畑一町七反。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む