恒弘法親王(読み)ごうこうほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「恒弘法親王」の解説

恒弘法親王 ごうこうほうしんのう

1431-1509 室町-戦国時代,直仁(なおひと)親王王子
永享3年生まれ。嘉吉(かきつ)3年(1443)京都の真言宗勧修(かじゅう)寺にはいり,のち長吏。宝徳元年(1449)親王宣下(せんげ)をうけ,後崇光院(ごすこういん)の養子となる。3年東大寺別当。永正(えいしょう)6年閏(うるう)8月8日死去。79歳。初名は恒興。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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