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惟宗直宗 これむねの なおむね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

惟宗直宗 これむねの-なおむね

?-? 平安時代前期の官吏。
讃岐(さぬき)(香川県)の人。元慶(がんぎょう)元年(877)弟直本(なおもと)らとともに本籍を京都にうつし,7年秦公(はたのきみ)をあらため,惟宗朝臣(あそん)の氏姓をあたえられる。勘解由(かげゆ)次官などを歴任。明法(みょうぼう)博士をつとめ,仁和(にんな)4年(888)阿衡(あこう)事件に関する橘広相(ひろみ)の罪名の勘文(かんもん)を奏上した。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

惟宗直宗

生年:生没年不詳
平安前期の明法家。もとの姓は秦公。元慶1(877)年12月,弟直本と共に本籍地を讃岐国香川郡(高松市)から平安京左京六条に移すことを許され(これを京貫といった),同7年12月,同族の男女19人と「惟宗朝臣」を賜った。時に従五位下で大判事と明法博士を兼任。以後明法家惟宗氏の地位を着実に築いていく。宇多天皇藤原基経に与えた勅書のなかに中国古代の宰相を意味する「阿衡」の語があり,その解釈から引き起こされた阿衡事件(887)では,翌年宇多天皇が,問題の個所は橘広相が勝手に作成したものだ,といって責任を転嫁する。その際広相の罪が流罪に相当すると勘申したのが直宗である。こうしたことから明法博士は9世紀後半になると讃岐氏に代わって直宗,直本兄弟の惟宗氏の家系から出ることになる。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の惟宗直宗の言及

【惟宗氏】より

…平安時代,明法道(律令学)を家業とし,著名な明法家が輩出した氏族。もと秦公(はたのきみ)姓で,讃岐国香川郡を本貫地とし,秦始皇帝12世の孫功満王の子融通王の苗裔と称する渡来系氏族。9世紀なかばに平安京に貫を移し,883年(元慶7),同族の秦宿禰,秦忌寸とともに惟宗朝臣となる。直宗(なおむね)・直本(なおもと)の兄弟があいついで明法博士に任じて以後,直宗の子と推定される善経(よしつね),直本の子公方(きんかた),公方の子と推定される致明(ゆきあき)・公平(きんひら),致明の子とみられる允亮(ただすけ)・允政(允正)(ただまさ)・輔政(すけまさ)など,いずれも家学を伝える。…

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