惣津村(読み)そうづむら

日本歴史地名大系 「惣津村」の解説

惣津村
そうづむら

[現在地名]広田村総津そうづ

現広田村の南部を占め、田渡たど川上流の三方からの支流を集める扇のかなめの位置にある。浮穴うけな広奴田ひろぬた大田山おおたやまに属する。地名についてはむかし修験者落山僧都そうずという者がいて摩法(護摩修法か)を行ったのによると伝える。大洲藩加藤氏の元和三年(一六一七)以来の所領のうちであった。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)浮穴郡の項に「惣津村 茅山有」、高二九二石二升と記す。元文五年(一七四〇)の「大洲秘録」に村の特産は「米・大豆・小豆・麦・茶・鮎・大なる竹あり」とし、また「土地よく民家多し併し近来貧乏の者多し」、古跡には「立花城城主大野和泉守直澄、大野九郎兵衛直周」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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