惣社八幡宮(読み)そうしやはちまんぐう

日本歴史地名大系 「惣社八幡宮」の解説

惣社八幡宮
そうしやはちまんぐう

[現在地名]山陽町大字郡 野中

厚狭盆地を南流してきた厚狭川が盆地の南部で流路を西に変える辺りの左岸野中のなかの山すそに鎮座祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后と三女神。旧村社。

国衙の保護によって国府近くに祀られた他の惣社宮とは異なり、「寺社証文」によれば文治三年(一一八七)源頼朝が鶴岡つるがおか八幡宮(現神奈川県鎌倉市)を当地の板垣いたがきの津に勧請壇之浦だんのうら合戦で平家打倒に功績のあった御家人箱田小太郎広貞を長門守頼道と改称させて社職に補したのを始めとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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