慈広寺(読み)じこうじ

日本歴史地名大系 「慈広寺」の解説

慈広寺
じこうじ

[現在地名]新城市中宇利 大幡

乳峯山と号し、曹洞宗本尊聖観音諏訪の泉竜すわのせんりゆう院末であった。創建の年代は不明。初めは大滝沢にあって真言宗に属し、大滝山と号したという。文明一三年(一四八一)宇利城主熊谷摂津守が字さかに移して菩提寺としたが、享禄二年(一五二九)松平清康の宇利城攻めに際して焼失檀那をも失ったが、中興開山字崗祖文の努力で再興、慶長六年(一六〇一)には三石の黒印を受けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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