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慧琳尼 えりんに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

慧琳尼 えりんに

1718-1789 江戸時代中期の尼僧。
享保(きょうほう)3年生まれ。真言宗。貞行(さだもち)親王の保母となるが,親王の死去にあい安永3年出家。天明4年追善のために親王の母恭礼門院にすすめて長福寺を再興。飲光(おんこう)にまなび,正法律(しょうぼうりつ)の普及につとめた。寛政元年5月22日死去。72歳。俗名は庄林通子。字(あざな)は法泉。号は蓮心院。著作に「十善戒法語の縁起」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

慧琳尼

没年:寛政1.5.22(1789.6.15)
生年:享保3(1718)
江戸中期の真言宗の尼。字は法泉,蓮心院と号す。丹波国園部藩(京都府)藩士庄林守武の娘。俗名は通子。はじめ勧修寺法親王に仕えたが,親王の得度後に法親王の近臣落合朝厚に嫁した。夫の没後の宝暦12(1762)年,桃園天皇の皇后恭礼門院(富子)の命で,院の息子の伏見宮貞行親王の保母となるが,親王もわずか13歳で死没した。親王の死を契機に慈雲から十善戒を受け,安永3(1774)年6月,親王の三回忌の日に相国寺雲頂院の宗樹のもとで剃髪,天明4(1784)年3月,親王の追福のため,恭礼門院の後援で密乗山長福寺を再興し,皓月尼と共に住した。真言の戒律である正法律を宣揚したことでも知られる。<著作>『十善法語縁起』1巻<参考文献>『正法律中四衆伝』下

(岡佳子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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