慶龍院(読み)けいりゆういん

日本歴史地名大系 「慶龍院」の解説

慶龍院
けいりゆういん

[現在地名]上対馬町豊 西在所

とよ集落南西にある。五成山と号し、天台宗本尊観音菩薩。「津島紀事」によると五城山と号し、宗茂尚の菩提所で、寺地は宗将盛が一四代島主を退いて住した館跡であるという。将盛(旧名は盛賢)の豊への隠居は天文八年(一五三九)とされ(宗氏家譜)、その館は浜御殿と称されたという。境内の南側に自然石の墓塔があり、殿様の墓と伝える。その長子の茂尚は若くして宗家を継ぐが、病弱のため二三歳で死去

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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