憲政の常道(読み)ケンセイノジョウドウ

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

憲政の常道

戦前の政党内閣が機能していた24~32年に、第1党の内閣が失政で倒れた場合は、野党第1党が首相を出して内閣を組織することが「憲政の常道」として定着した。元老の西園寺公望らが天皇に奏薦(そうせん)して首相が任命されたが、加藤高明首相から犬養毅首相が5・15事件で暗殺されるまで政党内閣は6代続き、この間に3回、野党第1党の首相に代わった。戦後も54年12月に自由党の吉田茂首相が退陣し、野党第1党だった民主党の鳩山一郎総裁が首相に就任。早期解散を表明し、発足後1カ月余りの55年1月に解散した。

(2008-12-04 朝日新聞 朝刊 政治)

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大辞林 第三版の解説

けんせいのじょうどう【憲政の常道】

衆議院の多数党が政権の座につき内閣を組織する、議院内閣制を称した語。大正デモクラシー運動の高まりの中から言われるようになった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

けんせい【憲政】 の 常道(じょうどう)

憲政の本来のあり方。大正元~二年(一九一二‐一三)の第一次護憲運動の際、護憲側がスローガンのように用いたことばで、主としてイギリス流議院内閣制の体制をさす。大正末の第二次護憲運動の際にも用いられた。〔新時代用語辞典(1930)〕

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世界大百科事典内の憲政の常道の言及

【帝国議会】より

…24年枢密院議長清浦奎吾(けいご)が陸海外相を除く全閣僚を貴族院議員で構成する特権内閣を組織すると,危機感を強めた憲政会,政友会,革新俱楽部の3党は護憲三派を結成して第2次護憲運動を展開し,解散後の総選挙で圧勝して護憲三派内閣を成立させた。
[普選法と憲政の常道]
 この内閣は,1925年第50議会で公約の普通選挙法を成立させ,同時に貴族院改革にも手をつけたが,有爵(伯,子,男)互選議員を若干減員する一方,帝国学士院会員からの選出議員を新設し,多額納税議員を若干増員するという改革にとどまり,世論の要求する抜本的な改革とはならなかった。しかし,これ以後政党政治の時代となり,衆議院の第一党が政権を担当し,その総辞職後は第二党に交代するという〈憲政の常道〉が成立して,政友,民政の両党が拮抗した。…

【立憲主義】より


[日本]
 日本の場合,大日本帝国憲法(1889公布)は,臣民の権利を定めて帝国議会を設けたが,上述の〈外見的立憲主義〉に分類されるような性格のものであった。その運用において立憲的要素を強調しようとする人々は,〈憲政の常道〉を説いて,帝国議会の役割の強化と,責任内閣制を主張した。立憲学派の代表であった美濃部達吉は,〈国民自治ノ思想〉と〈自由平等ノ思想〉を立憲主義の中心思想とし,〈直接民主主義〉(スイス),〈権力分立主義〉(アメリカ),〈議院内閣主義〉(〈現代諸国ノ最モ普通ナルモノ〉),〈官僚主義〉(ドイツ)それぞれの〈立憲政体〉を区別していた。…

※「憲政の常道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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