コトバ(読み)ことば

改訂新版 世界大百科事典 「コトバ」の意味・わかりやすい解説

コトバ(詞) (ことば)

日本音楽の用語。能楽,幸若,浄瑠璃などにおける歌声部の音楽様式のひとつで,節付けがされていない部分とその様式をいう。能ではフシ(節)に,狂言では謡(うたい)に,義太夫節では主として地合(じあい)に,それぞれ対する。台本上はセリフの部分であっても,セリフには節付けされて音楽的な旋律で演唱されるものもあるから,音楽用語としてのコトバは,一般的にはセリフと同義語ではない。ただし,狂言や能のアイ(間)などのように,コトバとセリフとが事実上同義語である場合もある。いずれにしろ,節付けされていないのであるから,音楽的要素は顕在せず,日常の話しことばのアクセントやリズムを基にした抑揚で演唱される。しかし,むろん会話そのままなのではなく,分野ごとにコトバとしての表現形式を確立させ,それぞれの分野の特徴の重要な部分を形成している。楽器が加わる場合には,まったく別様式のリズムで併奏するのが原則で,三味線などの旋律楽器であっても,歌声部との直接の音高関係は保持されない。コトバはまた,分野の特徴を示すと同時に,当然のことながら,それぞれの内部で各種の役柄や感情に応じた演じわけが行われる。特別な表現形式には,たとえば義太夫節において,公家詞,舎人(とねり)詞,奴(やつこ)詞,狐詞などというような固有の名称で呼ばれるものもあるが,とくにそのような呼称が用いられなくても,老若男女,職業・階層喜怒哀楽などが,このコトバの部分で,的確に,そしてより直接的に表現されるのである。そのほか,音楽様式にかかわらず,セリフをコトバと称している場合もある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「コトバ」の意味・わかりやすい解説

ことば

言葉・詞・辞などの漢字をあてる。コト(言)とハ(端)との複合語とみられる。上代には「事」と「言」、すなわち「事柄」とそれを人間の意志によって対者に伝達しようとする働きである「言語」との区別が、かならずしもはっきり区別されなかったが、コトバなる語が生じて以後、この語はもっぱら「言語」の意を表すようになった。ただし、コトも「言語」の意を表す場合が後世まであり、両者あまり区別なく使われた面もあったらしい。

 ところで、コトバの語は、広く言語の意を表す一方で、ときにいくつかの限定された用法をも派生させた。和歌などの韻文に対して散文をさしたり、能楽・狂言などの謡物(うたいもの)や近世の邦楽などで、曲調部に対してそれのない部分をいったり、物語などの会話文に対して説明の文(地の文)をさしたりするのがそれで、総じてこれらの場合、コトバとは、一団の言語表現のなかで、技巧を伴わない部分、平板的な表現の部分をさしたようである。絵巻で、絵の部分に対して説明文の部分をコトバ(詞)と称したのも、同趣の用法かもしれない。さらに、中世以後、品詞の分類に際して、広く自立語の類(体言・用言)をコトバ(詞)と総称して助辞類(てにをは)に対立させたり、名(体言)・詞(用言)・てにをはの3分類の一としてたてられたりすることがあったが、いずれも自立語(観念語)を示す概念で、文構成のうえで中核をなす品詞をさしたとみられるが、「詞」を「寺社」に例え、「てにをは」(助辞類)をその「荘厳(しょうごん)」(飾ること)に例えるという説などがあったところからみると、「ことば」(詞)は装飾に対する本体的なものという意識が潜在的に存したのかもしれない。

[築島 裕]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コトバ」の意味・わかりやすい解説

コトバ

日本音楽の用語。「詞」とも書く。楽式上の構成要素の単位名称の一つ。種目によって用いられ方が異なるが,原則として対話または独白の部分であることを明示する意図で区分される部分をいう。 (1) 能の場合,対話,独白などの部分を謡曲の旋律によらず,特定の抑揚の型によってとなえる形式の部分の名称。韻文的な地の文をコトバの形式でとなえることもある。 (2) 三味線音楽の場合,明確な歌声による旋律的な歌唱部に対して,話し声に近い写実性をもって表現され,その音楽種目特有の形式化した抑揚はあっても,いわゆる旋律性には乏しい部分の名称。特に義太夫節においては,歌唱部の「節」および義太夫浄瑠璃特有の語りによる朗誦部の「地」と対立して区分され,写実的脚色度が強い。「地」と「詞」の中間的なものとして,「色」という場合によってはやや旋律性の認められる単位もある。豊後系浄瑠璃においては,その写実性は徹底しておらず,長唄などの「うたもの」においても「詞」が含まれるが,その場合長唄としての特有な歌声によらず,いわゆる「音 (おん) 」を使わないことを原則とする。ただし,地の文の朗誦が詞に近く表現されるときには「詞語り」となり,これに対してまったく歌声によって対話部,独白部が歌唱されるときは「歌語り」ということもある。

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世界大百科事典(旧版)内のコトバの言及

【謡】より

…同類の語に謡曲があり,これが能の詞章を,主として読む対象として文学的に扱う場合の称呼であるのに対し,謡は,広義には狂言をも含めて,演唱や鑑賞の対象として音楽的あるいは芸能的に扱うときに用いられる。なお,能ではコトバ(詞)の部分をも含めて謡というのに対し,狂言では節付けされた部分に限定して用いる。能の謡は,せりふと地の文章のほか,作者の批評文や感想文などからなっているが,せりふを地謡が謡ったり,ト書きを立方が謡ったりするなど,独特の演出形式がある。…

【義太夫節】より

…日本古典音楽の種目。竹本義太夫が創始した浄瑠璃の流派。人形芝居の音楽として17世紀後半に成立し,幕末期以後は文楽人形浄瑠璃の音楽として,ひろく親しまれてきた。また,素浄瑠璃として,音楽だけを演奏する場合もある。ふつう浄瑠璃を語る太夫1人,三味線1人で演奏するが,掛合といって大勢で演じたり,箏,胡弓,八雲琴や,ツレ弾きの三味線が加わる曲もある。
[歴史]
 1684年(貞享1),竹本義太夫(筑後掾)が大坂道頓堀に竹本座を創設して,独立興行に踏み出したときにはじまる。…

【能】より

…これらの上着だけを大口の上に掛けて着ることもある。能装束
【謡】
 能では,曲節を伴うフシの部分と,せりふに相当するコトバの部分を合わせて謡と称する。謡の楽型は,吟型とノリ型の二つの面から見ることができる。…

【節】より

…樹木の枝が樹幹の肥大に伴って樹幹の材の中に包み込まれた部分。丸太から板や柱などを製材したときに,節の断面が現れてくるが,その形によって丸いものを〈丸節〉,楕円形のものを〈楕円節〉と呼び,さらに枝の長軸に沿う方向に切られた場合には双曲線を示すようになるので,これを〈流れ節〉と呼んでいる。枝が生きていて,健全な場合には〈生節(いきぶし)〉と呼び,節の部分の組織はまわりの組織とつながっている。枯れた枝からできた節は〈死節(しにぶし)〉と呼ばれ,周囲の組織とのつながりはない。…

※「コトバ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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