日本歴史地名大系 「成川坊城村」の解説
成川坊城村
なるかわぼうじようむら
[現在地名]御荘町防城成川
慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇和郡の項に「成川坊城村 茅山有、日損所」と村名がみえる。「墅截」では水掛りは「吉」となっている。
太閤検地(天正一五年―文禄三年)の石高は八石で、耕地面積は田三反一畝一歩となっている。寛文検地(寛文一〇―一二年)では石高が一五パーセント増加し、水田面積は約二・五倍となり、畑も一町一反四畝一一歩が開発されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報