戸塚村善兵衛(読み)とつかむら・ぜんべえ

朝日日本歴史人物事典の解説

戸塚村善兵衛

没年:寛延3.11.29(1750.12.27)
生年:生年不詳
江戸中期,奥州戸塚騒動の頭取,義民。白川郡戸塚村(福島県東白川郡矢祭町)長百姓。寛延2(1749)年,2年続きの凶作で窮乏した塙代官所支配の村々は年貢延納,種籾拝借,救済金貸与を要求し強訴。要求は認められたが,翌年11月善兵衛は獄門晒首,戸塚村長百姓幸助,木野反村(東白川郡塙町)名主七三郎は死罪,戸塚村百姓七左衛門は遠島(島流し)など,戸塚村を中心に559名の農民が処罰された。戸塚村の観音堂境内に善兵衛,幸助,七左衛門の墓,隣接して昭和6(1931)年徳富蘇峰選文の「義民弔魂碑」がある。<参考文献>『矢祭町史』1巻,『塙町史』1巻

(阿部俊夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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