手倉田村(読み)てくらだむら

日本歴史地名大系 「手倉田村」の解説

手倉田村
てくらだむら

[現在地名]名取市手倉田・大手町(おおてまち)一―六丁目・増田(ますだ)二丁目・同四丁目・箱塚(はこづか)一―二丁目・小山(おやま)一―三丁目・名取が丘(なとりがおか)一―六丁目

南東へ流れる増田川の自然堤防上にあり、南部は愛島(めでしま)丘陵北麓に及ぶ。北は田高(たこう)村、東は増田村、西は塩手(しおて)村に接する。村名の由来に関し、弾三郎という大百姓の高利貸が、母の形見の着物を質にとられて死んだ女の恨みで、着物から伸びた腕に撫でられて頓死したという伝承がある(嚢塵埃捨録)。天文二二年(一五五三)集成の晴宗公采地下賜録によれば、「てくら田の内沢田うきめん共但馬在け」が大橋左馬允に下されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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