手原遺跡(読み)てはらいせき

日本歴史地名大系 「手原遺跡」の解説

手原遺跡
てはらいせき

[現在地名]栗東町手原

葉山はやま川北岸平地にあり、七世紀後半から一三世紀に及ぶ大規模な複合遺跡。当地一帯は、栗太郡の条里とは異なる南北方向の地割がみられること、古くから古瓦出土していたこと、古代東海道が通過していたと考えられることなどから、古代の寺院跡または官衙的な性格をもつ遺跡とみられてきた。

昭和五六年(一九八一)から発掘調査が行われた。JR手原駅北東部の調査地点(D地区)では、奈良時代中頃から後半にかけての掘立柱建物跡一(桁行二間以上×梁間二間の南北棟)・高床倉庫跡四(二間四方の総柱建物ほか)・井戸跡一、奈良時代後半から九世紀前半の北側の軒をそろえて東西に並ぶ高床倉庫跡四(三間四方の総柱建物二、二間×三間の総柱建物など)とその南側に掘立柱建物跡一(桁行三間×梁間二間の東西棟)、九世紀後半頃の掘立柱建物跡二(桁行三間×梁間二間の南北棟など)があり、鉄製帯金具が出土。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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