すべて 

手広村(読み)てびろむら

日本歴史地名大系 「手広村」の解説

手広村
てびろむら

[現在地名]鎌倉市手広

村の北方丘陵の北斜面の谷に位置し、東・北は笛田ふえだ村、西は川名かわな(現藤沢市)に接する。中世津村郷の内と伝える。天正一九年(一五九一)一一月の村内青蓮しようれん寺宛ての徳川家康寺領寄進状案(鎌倉市史史料編一)のなかに「手広村之内廿五石」とみえる。

近世は慶長一八年(一六一三)より旗本大岡領。延宝六年(一六七八)の家別人数高反別牛馬数書上帳(県史八)によれば田一〇町四反余、畑七町四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

すべて 

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む