押分村(読み)おしわけむら

日本歴史地名大系 「押分村」の解説

押分村
おしわけむら

[現在地名]岩沼市押分

南東流する阿武隈川北岸にあり、東は太平洋に面し、北は下野郷(しものごう)村、南は早股(はやまた)村に接する。東端を南北に木曳堀(貞山堀)が通り、浜海道が沿って走る。西を五間(ごけん)堀が北へ流れる。阿武隈川が現在より北を流れていた頃、出水により砂を押上げてできた自然堤防上の村であろう。東部は二倉(にのくら)浜とよばれる集落。同所は天文二二年(一五五三)集成の晴宗公采地下賜録では「遠藤監物分二のくらのはま」とみえ、泉田伊豆守に下されている。

正保郷帳では田一九貫九五七文・畑一三貫二四八文、水損と注され、ほかに新田四九貫六六七文がある。万治三年(一六六〇)田村宗良領となり、本知五二貫七一文(うち倒目八八二文)・除屋敷代一五九文・新田一貫七九六文(うち倒目四文)であった(寛文元年「田村右京分村付帳」一関市立図書館蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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