招提村
しようだいむら
[現在地名]枚方市招提〈元町一―四丁目・田近一―三丁目・大谷一―三丁目・中町一―三丁目・東町一―三丁目・南町一―三丁目・北町一―三丁目・平野町〉・高野道一―二丁目・養父丘二丁目・東牧野町・西招提町・長尾西町二丁目・長尾北町一丁目・北山一丁目・田口山一丁目
交野郡に属し、交野台地の北方に連なる洪積段丘に位置する。船橋川が村内を北西に流れて船橋村に入る。天文一二年(一五四三)牧郷内の無主荒地に真宗道場の寺内村として成立したが、天正一〇年(一五八二)本能寺の変後、明智光秀に味方したため、寺内は不入の特権を剥奪され一般農村に再編された。豊臣氏の蔵入地となり、石川伊賀守の支配を受けることとなった。村高は同一一年奉行伊熊源介による検地では五六八石余(「由緒書并検地入ニ付旧記」片岡家文書)。なお、同一二年一一月の河内国御給人御蔵入之内より出米目録(中之島図書館蔵)に八〇〇石「志よたい」とみえ、注記に二三七石三斗三升五合出米とあるが、「志よたい」の含む地域は不明。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 