教昊寺跡(読み)きようこうじあと

日本歴史地名大系 「教昊寺跡」の解説

教昊寺跡
きようこうじあと

[現在地名]安来市野方町 真ヶ崎、沢町 どいぞね

吉田(よしだ)川左岸の標高一五メートルの丘陵上にあり、安来平野を一望することができる。野方(のかた)廃寺ともいう白鳳・奈良時代の寺院跡。周辺は野方の集落となっており、小門口(こもんぐち)・大門(だいもん)といった字名が残り、近くに薬師堂がある。集落のなかの小高い丘の上に神蔵(しんぞう)神社があり、同社は塔の心礎を本殿の台石としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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