教皇は太陽,皇帝は月(読み)きょうこうはたいよう,こうていはつき

旺文社世界史事典 三訂版 「教皇は太陽,皇帝は月」の解説

教皇は太陽,皇帝は月
きょうこうはたいよう,こうていはつき

1198年ローマ教皇となったインノケンティウス3世による,教会権力の優越を示す言葉
正確には「月が太陽の光を受け,太陽に量も質も,位置も力も劣るごとく,君主は教皇の権威からその威光の輝きを受けている」というものであった。グレゴリウス7世の教権統治思想を継承し,教皇権世俗の最高権威と考えたインノケンティウス3世の主張を端的に表現した言葉として知られる。

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