斎藤一郎(読み)サイトウ イチロウ

20世紀日本人名事典 「斎藤一郎」の解説

斎藤 一郎
サイトウ イチロウ

昭和期の労働運動家



生年
明治44(1911)年3月25日

没年
昭和43(1968)年8月30日

出生地
北海道長万部町

学歴〔年〕
新庄中(山形)〔昭和5年〕卒

経歴
中学卒業後、農民運動に入り、昭和7年全農全国会議秋田地方委員会を結成。同年日本共産党員として治安維持法により検挙され、14年まで入獄戦後、共産党再建とともに入党。21年産別会議書記。24年共産党東京都委員。著書に「2.1スト前後」「日本の労働貴族」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤一郎」の解説

斎藤一郎 さいとう-いちろう

1911-1968 昭和時代の労働運動家。
明治44年3月25日生まれ。山形県新庄中学を卒業し農民運動にくわわる。昭和7年全農全国会議秋田地方委員会を組織。共産党にはいり,治安維持法違反で検挙される。戦後,産別会議書記,共産党東京都委員。昭和43年8月30日死去。57歳。北海道出身。著作に「日本の労働貴族」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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