コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

斎藤利行 さいとう としゆき

2件 の用語解説(斎藤利行の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斎藤利行 さいとう-としゆき

1822-1881 江戸後期-明治時代の武士。
文政5年1月11日生まれ。土佐高知藩士。馬淵嘉平,吉田東洋のもとで藩政改革をとなえる。慶応3年長崎でおきたイギリス水兵殺害事件では,後藤象二郎とともに談判委員として活躍。維新後は参議のち元老院議官。明治14年5月26日死去。60歳。初名は渡辺弥久馬。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

斎藤利行

没年:明治14.5.26(1881)
生年:文政5.1.11(1822.2.2)
幕末の土佐(高知)藩士,明治期の官僚。高知城下の渡辺利成の子。初め渡辺弥久馬。少壮より文武に優れ,土佐藩主山内豊煕の御側物頭のときおこぜ組に属し藩内抗争で失脚。嘉永年中(1848~58),参政吉田東洋のもとで復権し新おこぜ組の有力者として活躍。安政初年近習目付,安政3(1856)年土佐藩で最初の銃隊編成に際して軍備用兼任として銃隊の操練・教授を勤めた。慶応初年仕置役に昇任,この時期の複雑な藩務に尽力した。維新に際して名を斎藤利行と改め,土佐藩の代表格で維新政府の参与に挙げられ,明治3(1870)年,刑部大輔,同5月参議に昇任して4年6月まで在任。8年7月から没年まで元老院議官。明治前期の政府部内で薩長土勢力の均衡に果たした役割は大きい。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

斎藤利行の関連キーワード伊藤和兌本土佐石川潤次郎井原昂尾崎幸之進神山郡廉小八木五兵衛中村弘毅西村亮吉柳井健次

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

斎藤利行の関連情報