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斎藤宜長 さいとう ぎちょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斎藤宜長 さいとう-ぎちょう

1784-1844 江戸時代後期の和算家。
天明4年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)板井村の人。小野栄重(えいじゅう)にまなび,天保(てんぽう)2年和田寧(ねい)から円理豁術(かつじゅつ)の伝をうける。5年宜長閲,子の宜義(ぎぎ)著として「算法円理鑑」をあらわした。天保15年10月9日死去。61歳。字(あざな)は子成。通称は四方吉(よもきち)。号は旭山。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

斎藤宜長

没年:弘化1.10.9(1844.11.18)
生年:天明4(1784)
江戸後期の和算家。通称は四方吉,号は旭山。上野国群馬郡板井村(群馬県玉村町)生まれ。初め安中の小野栄重 に算学を学んだが,のちに江戸の和田寧にも入門して和算の最高理論である円理豁術 を修めた。天保5(1834)年,子宜義の名で『算法円理鑑』を著す。このなかで宜長は和田の円理豁術を応用する問題を原題,截題,画題,穿題,受題,廻題,鉤題,転題の8種類として解くことで,従前の算書と一線を画した。以後上州の奇才といわれ,斎藤父子の研究動向は全国の和算家に注視された。<参考文献>道脇義正編『幕末の偉大なる数学者・その生涯と業績』

(小林龍彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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