斗賀神社(読み)とがじんじや

日本歴史地名大系 「斗賀神社」の解説

斗賀神社
とがじんじや

[現在地名]名川町斗賀 上斗賀

斗賀の南西、国道一〇四号の西側の山脚に位置する。祭神は伊邪那美尊・月読尊・猿田彦命で、旧村社。明治初年まで霊現りようげん(涼現堂)もしくは新源しんげん寺と称したが、廃仏毀釈により現社名に改称した。

雑書の承応二年(一六五三)四月一〇日条に「斗賀れうげん」、同月一七日条に「斗賀了源観音」とあり、藩により祈願が行われている。寛保四年(一七四四)の諸寺院寺号山号帳(八戸市立図書館蔵)には「一拾石 豊山寺支配斗賀村 霊現山新源寺」とみえ、高一〇石を給されている。大同二年(八〇七)田村将軍利仁が創建したと伝え(「霊現堂縁起」当神社蔵)、元来は天台宗に属したとみられるが、藩政期には真言宗に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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