斗賀村(読み)とがむら

日本歴史地名大系 「斗賀村」の解説

斗賀村
とがむら

[現在地名]名川町斗賀

八戸はちのへ城下(現八戸市)南西馬淵まべち川の中流左岸の河岸段丘に位置する。東南を馬淵川が流れ、北西山地が迫る。八戸から三戸(現三戸町)に至る三戸街道沿いに位置し、東は苫米地とまべち村・福田ふくだ(現福地村)、南西は剣吉けんよし村、南は川を挟んで森越もりこし村、北は盛岡藩領豊間内とよまない(現五戸町)に接する。

永禄一〇年(一五六七)頃と推定される七月二一日付南部晴政書状(遠野南部文書)に「今日も斗賀之作をなかさせ申候」とあり、三戸南部氏の内紛に際し、攻防の地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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