新井滄洲(読み)あらい そうしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「新井滄洲」の解説

新井滄洲 あらい-そうしゅう

1714-1792 江戸時代中期の儒者
正徳(しょうとく)4年生まれ。佐久間洞巌(どうがん)の子。陸奥(むつ)仙台藩士。遊佐木斎(ゆさ-ぼくさい),服部南郭(なんかく)にまなび,藩主伊達宗村の侍講となった。詩を得意とし,「滄洲先生詩集初編」などがある。寛政4年4月16日死去。79歳。名は義質。字(あざな)は子敬。通称は市郎,彦四郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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