新屋敷新田村(読み)しんやしきしんでんむら

日本歴史地名大系 「新屋敷新田村」の解説

新屋敷新田村
しんやしきしんでんむら

[現在地名]新鶴村新屋敷

宮(みや)川(鶴沼川)左岸にあり、西は新屋敷村。若松から柳津(やないづ)(現柳津町)への道を挟んで民家があり、村の東には新田(につた)橋が架かる。元和九年(一六二三)蕎麦目(そばのめ)村の農民が開いた新田村という(新編会津風土記)。南に端村向(むかい)新田がある。寛文五年(一六六五)の「高田組郷村万改帳」では新田高二〇七石余、免六ツ七分一厘余、本村の家数一六、竈一七、男五二・女三九、馬八(うち五調一)、端村向新田の家数一一、竈一二、男三八・女二九、馬五。


新屋敷新田村
しんやしきしんでんむら

[現在地名]河東町郡山(こおりやま)

北は金道(こんどう)分、東は塩庭(しおにわ)新田村、西は郡山村、南は原(はら)村。慶長三年(一五九八)の開村で、寛永二〇年(一六四三)には高六五石余、宝永三年(一七〇六)高八四石余(「御国中郡分村付組切覚帳」鈴木家文書)。代田組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高八四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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