デジタル大辞泉
「新後拾遺和歌集」の意味・読み・例文・類語
しんごしゅういわかしゅう〔シンゴシフヰワカシフ〕【新後拾遺和歌集】
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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しんごしゅういわかしゅうシンゴシフヰワカシフ【新後拾遺和歌集】
- 南北朝時代にできた、二〇番目の勅撰和歌集。永和元年(一三七五)の後円融天皇の命により、二条為遠が撰。その死後、二条為重がつぎ、至徳元年(一三八四)に最終的に成立した。二〇巻。歌数は一五五四首。二条良基執筆の仮名序を有する。代表歌人は良基、二条為定、後円融天皇、為重、足利義満、尊氏、藤原定家など。新後拾遺集。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の新後拾遺和歌集の言及
【二条良基】より
…関白二条道平の嫡子で京都に生まれ,初めは後醍醐天皇に仕えたが,南北朝分立後は北朝に参じ,1346年(貞和2)関白初任,以後摂関職に4度まで還補され摂政現職のまま没。82年(永徳2)執筆の《新後拾遺和歌集》仮名序で,勅撰集序としては初めて武士階層(足利氏)の政治的業績を評価するなど,進歩的,現実主義的な思想を有し,北朝保持に努めた。文芸においては多方面に活躍し,有職故実の権威であり,文壇の指導者でもあった。…
※「新後拾遺和歌集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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