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日ロ平和条約交渉 にちろへいわじょうやくこうしょう

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知恵蔵2015の解説

日ロ平和条約交渉

1951年のサンフランシスコ講和条約に調印しなかったソ連との戦後処理、特に北方領土問題の解決を図る平和条約交渉は、ソ連崩壊後は日ロ交渉へと受けつがれた。93年10月に訪日したエリツィン大統領は北方四島の帰属問題を解決し、平和条約を結ぶという東京宣言に合意した。97年半ば以後、日ロ関係も進展し、橋本龍太郎首相は信頼、相互利益、長期的視点に立つ対ロ関係改善に乗り出した。98年4月の川奈非公式首脳会談ではエリツィン大統領に、北方四島の北に国境線を画定する方式での解決策を提示した。11月の小渕・エリツィン会談では、国境画定などの委員会を設けるモスクワ宣言を行った。2000年5月に新大統領に就任したプーチンと森喜朗首相との間では同年9月、1956年の日ソ共同宣言を再確認し、2001年3月のイルクーツク声明では、1956年宣言で返還が約された二島と残り二島の問題を並行させて条約交渉を継続していくことを確認した。しかし2002年春に外務省への鈴木宗男議員の関与が問題化して以来、振り出しに戻った。03年1月のモスクワでの小泉首相とプーチン大統領との首脳会談では、交渉を加速させる日ロ行動計画が話し合われた。日露戦争終結100年の05年は、第2次世界大戦終結60年にもあたり、小泉首相は5月のモスクワでの式典に参加、11月のプーチン大統領訪日さらには06年7月のサンクトペテルブルク首脳会談でも話は平行線をたどった。日ソ国交回復50周年である06年9月に誕生した新政権が、対ロ対策をいかに再構築するかが注目される。

(下斗米伸夫 法政大学法学部教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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