コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

北方領土問題 ほっぽうりょうどもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北方領土問題
ほっぽうりょうどもんだい

第2次世界大戦終結直後の 1945年8~9月に,侵攻したソビエト連邦軍の占領下に置かれた日本の固有の領土である北方四島歯舞群島色丹島国後島択捉島)の返還問題。当時四島には日本人約 1万7000人が住んでいたが,ソ連は 1946年に自国領として編入し,1948年までに日本人全員を強制退去させた。1956年の日ソ共同宣言で,両国間の戦争状態の終結,外交関係の回復などが盛り込まれたが,領土問題に関しては意見の一致をみず,今後も平和条約締結交渉を継続し,締結後に歯舞群島と色丹島の二島が日本に引き渡される旨が明らかにされた。しかし,1960年の日米安全保障条約の改定延長を機に,ソ連側は,領土問題は存在しないとの立場をとり始めた。冷戦終結直前の 1991年,ミハイル・ゴルバチョフ大統領が訪日し,日ソ共同声明において初めて四島の名称が明記され,領土問題の存在が認められた。ソ連解体後の 1993年にはロシアのボリス・エリツィン大統領が訪日し,東京宣言において,法と正義の原則を基礎として四島の帰属問題を解決し,平和条約を締結することが明記された。さらに,1997年のクラスノヤルスク首脳会談で日ロは平和条約を 2000年までに締結することで合意,翌 1998年の川奈首脳会談では橋本龍太郎総理大臣から,択捉島とウルップ島の間に最終的な国境線を引くことを前提に,当面四島におけるロシアの施政を認めるという大幅譲歩案が提示されたが,ロシアの同意を得られないままエリツィンは退陣した。2001年,ウラジーミル・プーチン大統領と森喜朗総理大臣がイルクーツクで会談し,1956年の日ソ共同宣言を平和条約締結交渉の基本的文書とすること,そのうえで 1993年の東京宣言に基づいて四島の帰属問題を解決することが声明の中に盛り込まれた。歯舞群島,色丹島の二島返還に固執するロシアに対し,日本側からは二島の返還交渉を先行させ,残る国後島,択捉島の帰属の交渉を並行的に行なう提案が出されたが,国後島,択捉島返還の断念につながりかねないと日本国内で反発が強まった。2003年の小泉純一郎総理大臣の訪ロでは,かつての日ソ共同宣言,東京宣言,イルクーツク声明などを交渉の基礎とし諸問題の早期解決をはかる日ロ行動計画が発表された。ところが 2006年以降,日本は毎年のように総理大臣が交代し,両国の交渉は停滞した。その間の 2010年,ドミトリー・メドベージェフ大統領が国後島を公式訪問,日ロ関係は一気に冷え込んだ。2013年,安倍晋三総理大臣が日本の首相として 10年ぶりとなるロシア公式訪問に踏み切り,大統領に返り咲いたプーチンと平和条約締結に向けた交渉の加速化で合意。2016年のプーチン大統領訪日時には,北方領土の未来像のなかから解決策を探るという新たなアプローチに基づき,四島における漁業,海面養殖,観光などの共同経済活動に向けた「特別な制度」についての協議開始で合意をみた。
北方四島での人的往来や交流は,北方墓参,自由訪問,四島交流の枠組みで実施されている。元島民やその家族による北方墓参は 1964年以降,人道的見地から断続的に行なわれ,約 10年の中断を経て 1986年に再開された。同じく人道的見地からの元島民やその家族による故郷への自由訪問は 1999年に始まった。日本人と四島在住のロシア人による四島交流は 1992年に始まり,元島民と家族,返還運動関係者,報道関係者らの参加が認められている。また,北方四島の住民支援事業として,患者の受け入れ,医師・看護師などの医療研修,人道支援物資の供与が行なわれているほか,防災分野における協力,生態系保全分野における協力事業も実施されている。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

知恵蔵の解説

北方領土問題

北方領土問題をめぐって、1956年10月の日ソ共同宣言は、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)を日本に引き渡すことに合意したが、その後の日ソ関係は91年のゴルバチョフ大統領訪日まで停滞した。後継国家ロシア連邦のエリツィン大統領と細川政権とは、93年10月に東京宣言で、北方四島の帰属問題を解決すべきことを宣言。97年11月の橋本・エリツィン非公式首脳会談では、2000年までに平和条約を締結するよう努力するというクラスノヤルスク合意がなされた。98年4月、橋本首相は国境線画定という提案を行った。99年末のエリツィン辞任を受けてプーチン新大統領と森首相との2000年9月の東京での交渉に続き、01年3月25日には日ロ平和条約交渉がイルクーツクで行われた。プーチン政権は、1956年の日ソ共同宣言の有効性を確認した。このため歯舞、色丹の二島の返還交渉と、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)の交渉をどのように関連づけて進めるかが議論の中心となった。イルクーツク声明は、56年の二島返還と、四島帰属を決着させて平和条約を結ぶ東京宣言の接点を模索したものであり、両者を並行して解決する方針を確認した。川口外相は03年5月、56年宣言、東京宣言、イルクーツク声明を交渉の基盤とすると述べたが、ロシア側は相互受け入れ可能な解決を主張した。05年11月にプーチン大統領が訪日し、小泉首相と会談したが、交渉に実質的な進展はなかった。06年8月には、この海域でロシアによる日本のカニ漁船拿捕事件が起き、日本人1人が死亡した。漁民が死亡する事件は五十数年ぶり。プーチン大統領は同年9月、中ロが04年秋に国境問題を最終解決した例を引き合いに、妥協による解決への模索を示唆した。

(下斗米伸夫 法政大学法学部教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について | 情報

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

北方領土問題

終戦直前の1945年8月9日にソ連が対日参戦し、北方領土4島(択捉島、国後島、色丹〈しこたん〉島、歯舞群島)を9月初めまでに占領。56年の日ソ共同宣言で平和条約締結後にソ連が歯舞、色丹を引き渡すとされたが、日本は4島返還を求めており平和条約は未締結。日本は返還の時期や態様は柔軟に対応し、返還後もロシア人住民の人権は十分尊重するとしている。

(2016-07-06 朝日新聞 夕刊 1総合)

北方領土問題

第2次世界大戦末期、ソ連が択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島の四島を占領。日ソは国交を回復した1956年の日ソ共同宣言で、平和条約締結後に歯舞、色丹二島を日本に引き渡すと明記。その後、ロシアとも交渉が続いたが返還の見通しは立っていない。

(2016-10-04 朝日新聞 朝刊 3総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について | 情報

百科事典マイペディアの解説

北方領土問題【ほっぽうりょうどもんだい】

千島の帰属をめぐる日本とソ連,ロシア間の問題。この問題はサンフランシスコ講和条約で日本が放棄した千島の範囲が不明確であることに由来する。歴史的には,明治政府がロシア帝国と1875年に締結した樺太・千島交換条約によって,千島列島全体が日本領となっていたが,第2次世界大戦直後の1945年にソ連領としてロシア連邦共和国サハリン州に編入された。
→関連項目安倍晋三沖縄開発庁日ソ共同宣言領土問題

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

北方領土問題

岩下明裕による評論。副題「4でも0でも、2でもなく」。日本とロシアの間の領土問題の妥協点を探る。2005年刊。翌年、第6回大仏次郎論壇賞受賞。

出典|小学館デジタル大辞泉プラスについて | 情報

世界大百科事典内の北方領土問題の言及

【千島列島】より

…55年2月7日(安政1年12月21日)の日露和親条約によって両国の国境は,択捉・ウルップ両島間の水道に定められ,樺太・千島交換条約により千島全島が日本領となった。【榎森 進】
【北方領土問題】
 日本の北方領土の範囲について,国会の〈北方領土問題の解決促進に関する決議〉(1979年2月)では,歯舞諸島,色丹(しこたん)島,国後島,択捉島の4島とされており,日本共産党を除く各党がこの決議に賛成した。共産党は〈千島問題についての日本共産党の政策と主張〉(1969年3月)で上記4島のみならずウルップ島以北の島々も加えるべきであるとしているが,いずれの党もこの4島は日本の正当な領土であり,ソ連から返還されるべきだという立場に立つため,それがソ連(現ロシア連邦)との間の懸案問題となっている。…

※「北方領土問題」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

北方領土問題の関連キーワード北方領土問題等解決促進特別措置法対日強硬姿勢が目立つ北方領土問題北方領土問題解決促進特別措置法北方領土返還運動全国強調月間大ウスリー島と国境交渉北方領土問題対策協会ヤルタ・ポツダム体制等分論(領土)ウクライナ問題北方領土特措法ウクライナ政変独立行政法人北方領土の日日ロ平和条約北海道開発庁日ロ漁業問題極東CBMヤルタ会談ヤルタ体制山田 久就

今日のキーワード

アウフヘーベン

ヘーゲル弁証法の基本概念の一。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。止揚。揚棄。→アン‐ウント‐フュール‐ジッヒ →弁証法...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

北方領土問題の関連情報