日並村(読み)ひなみむら

日本歴史地名大系 「日並村」の解説

日並村
ひなみむら

[現在地名]時津町日並郷ひなみごう

時津村北西に位置し、北東部は海に臨む。内海の往還筋に一里山が置かれていた(慶安二年肥前国道法帳)中世彼杵そのき庄のうちで、建武元年(一三三四)一〇月一七日の大友貞載書下案(深堀文書)に「当庄日波鹿皮村」とみえ、彼杵庄南方地頭(肥後光景)代官の賢法は深堀明意(時通)・同弥五郎(政綱)父子らが両村に放火・刃傷などの狼藉を行ったとして訴えており、これをうけた肥前守護大友貞載が守護代の斎藤正遍に対して、これを停止させるために大村氏・日宇氏・今富氏らに出兵させるよう命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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