日出山村
ひでのやまむら
[現在地名]郡山市
安積町日出山 阿武隈川とその支流笹原川の合流点北西岸の低平地に立地。奥州道中の宿駅。地名は古代に沼と湿地帯であったが、泥水が流出し地が乾いたので旱泥野谷間と称したのに由来すると伝える(「日出山村地誌」郡山市立図書館蔵)。中世には当村から荒井村にかけて安養極楽寺域であったが、南北朝の争乱で同寺は焼失。戦国期廃寺跡に築いた中野館に日出山豊後が拠ったという(日出山村地誌)。天正五年(一五七七)の蘆名盛隆と田村清顕との小原田合戦では、当地でも戦闘が行われた(郡山市史)。
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に日出山とみえ、高五六六石余、黒沢六三ほか二名の知行地。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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