日末村(読み)ひずえむら

日本歴史地名大系 「日末村」の解説

日末村
ひずえむら

[現在地名]小松市日末町・工業団地こうぎようだんち

柴山しばやま潟北方にあり、西と北は砂丘松林で、東をくし川が流れ対岸は串村、南は松崎まつざき村・佐見さみ村、北は今江いまえ潟。正保郷帳では高一七二石余、田方五町八反余・畑方四町二反余、ほかに新田高五四石余、初め加賀藩領、万治三年(一六六〇)から大聖寺藩領。貞享二年(一六八五)安宅新あたかしん村との間で境界争いが発生し、かけはし川河口から二九町九間の所を境界と定め、境塚を築いた(小松市史)。「江沼志稿」では高五七一石余、小物成に野役四二匁・鍬米一石一斗余がある。家数六〇・人数一二七、馬七、「農隙ニ漁猟ヲ以産業ノ一助」とするとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む