太子講(読み)たいしこう

百科事典マイペディアの解説

太子講【たいしこう】

大工,左官,鍛冶(かじ)屋などの職人仲間で聖徳太子を守護神として行う職業。太子が寺院建築史上大きな存在であったことに由来する。祭日は所により一定でないが,年に1〜2度集まって太子をまつる。
→関連項目王子信仰大師講

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世界大百科事典 第2版の解説

たいしこう【太子講】

聖徳太子を讃仰する宗教講,または大工,左官など建築関係の職人たちが,それぞれ同業者集団として結束をはかるため聖徳太子を守護神として行う職業講をいう。真宗では,親鸞が和国の教主とたたえた聖徳太子の奉賛が盛んで,存覚の太子講式にのっとって行われた。聖徳太子が寺院建築史上大きな存在であったところから,江戸時代には職人ことに大工,左官,鍛冶屋,屋根葺き,桶屋などが工匠の祖として祭るようになり,忌日の2月22日に太子講を行った。

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大辞林 第三版の解説

たいしこう【太子講】

聖徳太子を奉賛する宗教講。
太子をまつって集まる職人(大工・左官・鍛冶かじ屋・桶おけ屋など)の講。

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精選版 日本国語大辞典の解説

たいし‐こう【太子講】

〘名〙
① 聖徳太子を祖として奉讚する大工の講中。また、太子の忌日二月二二日にその講中で行なう法要と宴会。
※談義本・華鳥百談(1748)四「今時、日待月待いせ講太子講(カウ)なんどとて神仏を祭」
② 大工・木挽職などが、守護神とする太子をまつる行事。正月・五月・九月の一七日、または二月・一〇月の二二日などに行なう。東北では一一月二三、二四日の大師講をも「たいしこう」といっており、もとは太子講も大師講も同じものであったらしい。
※諸国風俗問状答(19C前)淡路国風俗問状答「大工は右月々廿二日太子講をし」

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世界大百科事典内の太子講の言及

【職業神】より

…この弘法大師がまた聖徳太子と混同して語り伝えられ炭焼きも太子様を信仰した。 関西以西では木樵,木挽,炭焼きのほかに大工,左官,石屋,桶屋などの職人ももっぱら太子様を信仰し,太子講を組んでまつりをした。これは農村の大師講すなわちダイシコウと区別してタイシコウと呼ばれ,祭日も大師講とちがっているのが普通である。…

【大工】より

…実子がない場合に養子をとることが多いのは,欠員補充を円滑に行うための知恵でもあった。大工組内部の相談は,太子講の席で行うことが多い。大工の祖とされて信仰された聖徳太子の画像を掛け,毎月一定日に集まり,相談をし,また懇親を深めた(太子信仰)。…

【太子信仰】より

… 民間への広まりはこの真宗を通しての流布が論じられているが,とくに鉱山関係や職人などの農耕に従事しない人々の間に広まっていった。現在でも太子講といい,毎月聖徳太子の命日とされる22日に掛軸や像の前で講を開くのは,大工,左官,桶屋などの職人関係の人が多い。とくに年頭にあたる2月22日は,そこでその年の日当や職の割りふりが行われている。…

【寄合】より

…商人や職人仲間の集会は,仲間の結束を固めるとともに,各種規定の改変などのために必要であった。とくに,大工,左官,木挽(こびき)など建築関係の職人たちは〈太子講〉という講の組織のもとで,強い結束を保持していた。太子講の寄合は例年正月ないし2月に行われ,各組別に棟梁たちが集まる場合と,各組の棟梁の全員の集会とがあった。…

※「太子講」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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