日根野弘就(読み)ひねの ひろなり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「日根野弘就」の解説

日根野弘就 ひねの-ひろなり

?-1602 戦国-織豊時代武将
斎藤道三,織田信長,豊臣秀吉につかえた。天正(てんしょう)12年(1584)小牧長久手(ながくて)の戦いに弟重之(しげゆき)とともにくわわり,徳川家康方の小牧山城に対する二重堀をまもったたが,攻められて撤退。のち高野山で出家し,空石と号した。慶長7年5月28日死去。美濃(みの)(岐阜県)出身通称は五郎左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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