コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

日誉 にちよ

2件 の用語解説(日誉の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日誉 にちよ

1556-1641* 織豊-江戸時代前期の僧。
弘治(こうじ)2年生まれ。真言宗。紀伊(きい)根来(ねごろ)寺(和歌山県)で日秀(にっしゅう),頼玄に師事し,豊臣秀吉の根来焼き討ち後は長谷寺の専誉,京都智積(ちしゃく)院の玄宥(げんゆう)にまなぶ。のち近江(おうみ)総持寺をへて智積院3世となった。寛永17年11月20日死去。85歳。武蔵(むさし)出身。俗姓は小野寺字(あざな)は正純。別名に日祐。編著に「根来破滅記」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

日誉

没年:寛永17.11.20(1641.1.1)
生年:弘治2(1556)
江戸前期の新義真言宗の僧。日祐ともいう。智山派の実質的創立者。武蔵国出身。15歳で出家。30歳のとき根来山に登り日秀,頼玄に師事したが,天正13(1585)年秀吉軍の焼き打ちに遭遇し高野山へ避難。次いで長谷寺の専誉,京都の玄宥という新義真言の両巨頭に学ぶ。徳川家康の知遇を得て,慶長17(1612)年智山第3世能化(学頭)に就任。元和1(1615)年智積院を拠点とし智山派隆盛の基礎を築いた。学問僧として明晰な論理と卓越した弁論の技術を持つとともに,政治的手腕にも優れていた。著書は『根嶺破滅記』など。弟子に秀算,元寿がいる。<参考文献>村山正栄『智積院史』

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日誉の関連キーワード瑜伽乗院亮深滝承天三宝院義演新義真言宗湛海古義真言宗新義新義派智山派豊山派

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone