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日野重光 ひの しげみつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日野重光 ひの-しげみつ

1370-1413 室町時代の公卿(くぎょう)。
応安3=建徳元年生まれ。日野資康(すけやす)の子。日野家の一流裏松家の祖。姉の康子が3代将軍足利義満の後妻,妹の栄子が4代将軍義持の妻,娘重子が6代将軍義教(よしのり)の妻となり,外戚(がいせき)として権勢をふるう。従一位,大納言にのぼった。応永20年3月16日死去。44歳。号は善永。法名は兆年,亀年。

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朝日日本歴史人物事典の解説

日野重光

没年:応永20.3.16(1413.4.16)
生年:応安3/建徳1(1370)
室町前期の公卿。法名は善永兆年。広寿院と号す。日野資康の子。日野家の庶流裏松家をおこし,裏松重光とも称す。室町幕府将軍足利義満の先室業子の甥に当たり,姉康子(北山院)は義満の後室,妹栄子は将軍義持の室である。娘の重子は将軍義教の側室となった。明徳3(1392)年蔵人頭,参議となり,同4年に従三位,同5年に権中納言,応永15(1408)年従一位,同18年権大納言となり,同20年後小松上皇の院執権を兼ねた。文安2(1445)年に左大臣を追贈される。武家伝奏,南都伝奏を務め,公家衆,寺社の幕府への取次や,将軍家の裁決の伝達を行い,将軍家の外戚,近臣として公家,武家に対し絶大な政治力を発揮した。

(伊東正子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ひのしげみつ【日野重光】

1370‐1413(建徳1∥応安3‐応永20)
室町前期の公卿。資康の子。娘重子は6代将軍足利義教に嫁ぐ。1394年改元に際して年号の勘者に選ばれ応永の号を勘進したが,重光自身は将軍義満の意に違い改元仗議に出仕できなかった。97年権大納言に昇進,1408年従一位に叙される。この間,武家伝奏,南都伝奏として公家や寺社の訴訟を朝廷や幕府に取り次いだ。45年(文安2)左大臣を贈られる。【鳥居 和之】

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