昌子内親王(読み)しょうしないしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「昌子内親王」の解説

昌子内親王 しょうしないしんのう

950-1000* 平安時代中期,冷泉(れいぜい)天皇の中宮(ちゅうぐう)。
天暦(てんりゃく)4年生まれ。朱雀(すざく)天皇の第1皇女。母は煕子(きし)女王。康保(こうほう)4年中宮,天禄(てんろく)4年皇太后,寛和(かんな)2年太皇太后となる。仏教に帰依(きえ)し,京都岩倉の大雲寺に観音院を創建した。和歌が「新古今和歌集」などに収録されている。長保元年12月1日死去。50歳。

昌子内親王 まさこないしんのう

⇒しょうしないしんのう

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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367日誕生日大事典 「昌子内親王」の解説

昌子内親王 (まさこないしんのう)

生年月日:1888年9月30日
明治時代-昭和時代の皇族
1940年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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