明円寺町(読み)みようえんじちよう

日本歴史地名大系 「明円寺町」の解説

明円寺町
みようえんじちよう

[現在地名]熊本市水道(すいどう)町

北は二番被分(にばんわかされ)町、南は比丘尼(びくに)町、東は白川、西は水道町に接する東西の通り筋で、現在の水道町八番地・九番地の北側にあたる。江戸時代は武家屋敷のため町名がなかったが、明治一三年(一八八〇)通り中ほどに明円寺が所在したことに由来して名付けられた。宝暦四年(一七五四)までの絵図によると、東半分の北側に同一組に属する鉄炮者屋敷一一が並ぶ。南側にも北側と同一組に属する鉄炮者屋敷一一が並ぶ。西半分の北側は二〇〇石、九番組の知行取細田七蔵の一屋敷のみである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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