明叟斉哲(読み)みょうそう さいてつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「明叟斉哲」の解説

明叟斉哲 みょうそう-さいてつ

?-1347 鎌倉-南北朝時代の僧。
臨済(りんざい)宗。文保(ぶんぽ)2年(1318)元(げん)(中国)にわたり,天目山の中峰明本(みょうほん)の法をつぐ。嘉暦(かりゃく)元年(1326)帰国。京都真如寺,甲斐(かい)(山梨県)恵林(えりん)寺の住持となり,甲斐正法寺をひらいた。貞和(じょうわ)3=正平(しょうへい)2年7月2日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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