明屋敷分(読み)あきやしきぶん

日本歴史地名大系 「明屋敷分」の解説

明屋敷分
あきやしきぶん

[現在地名]西条市明屋敷(あけやしき)

西条陣屋とその四周の地域からなり、藩士の屋敷地が多かった。東は本(ほん)町と朔日市(ついたちいち)村に接し、北東は御本陣(ごほんじん)川を隔て神拝(かんばい)村飛地に、北は樋之口(ひのくち)分を隔て海に臨み、西は喜多川(きたがわ)村に続く。

寛文五年(一六六五)一柳直興の改易により、神拝村内にあった陣屋・武家屋敷はいったん公収された。明屋敷(あきやしき)の地名はこれに由来する。召し上げられた武家屋敷地一九七石余は町方へ渡され町方支配となったが、寛文一〇年松平氏入部以後、武家屋敷や長屋などの建設に使った藩用地八九石余を引き去って一一四石二斗余となった。享保一三年(一七二八)以降町支配をやめ、庄屋を置く村方支配となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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