日本大百科全書(ニッポニカ) 「春波楼筆記」の意味・わかりやすい解説
春波楼筆記
しゅんぱろうひっき
江戸後期の画家で蘭学者(らんがくしゃ)司馬江漢(しばこうかん)の晩年65歳の随筆。1811年(文化8)4月から10月にかけて稿が成った。江漢その人が和漢洋の学に通暁した当時第一級の知識人であったために、その該博な知識が熟年の思考のなかでみごとに結実している。全体が長短210余の節からなり、江漢の自叙伝、人間観、人生観、社会観等をはじめ、『西洋創世紀』の抜き書き、『伊曽保(いそほ)物語』の引用など、幅広い西洋文化受容の初期的形態がみられ興味をひく。本書は早く『百家説林』や『有朋堂(ゆうほうどう)文庫』に収められ、読者の注目をひいたが、今日『日本随筆大成 第1期 第2巻』に収められ、読者の便が図られている。なお、江漢の同類書『無言道人筆記』『西遊日記』の併読によりさらに理解が深まる。
[藤原 暹]
『『春波楼筆記』(関根正直他監修、日本随筆大成編輯部編『日本随筆大成 第1期 第2巻』所収・1975・吉川弘文館)』