時之鐘鐘撞堂跡(読み)ときのかねかねつきどうあと

日本歴史地名大系 「時之鐘鐘撞堂跡」の解説

時之鐘鐘撞堂跡
ときのかねかねつきどうあと

[現在地名]静岡市両替町一丁目

駿府城下に時刻を知らせるために設けられた鐘撞堂。両替りようがえ町三丁目北側にあったとされる(「駿府広益」など)。「修訂駿河国新風土記」などに「時之鐘」とみえ、寛永一一年(一六三四)鋳造とある。同書に載る鐘銘によると、同年将軍徳川家光が駿府城下の町民に一万五千石を与え、その残金を資金として鋳造されたという。なお旧版「静岡市史」は、同年の下賜米は上洛途中の家光が駿府滞在時に与えたもので、町民がこれを永く記念するため残米の代金八三両余をもって、翌一二年に鋳造したとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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