普門村(読み)ふもんむら

日本歴史地名大系 「普門村」の解説

普門村
ふもんむら

[現在地名]大津市真野普門(まのふもん)一―三丁目・真野(まの)四丁目・花園町(はなぞのちよう)・清風町(せいふうちよう)・陽明町(ようめいちよう)・清和町(せいわちよう)・緑町(みどりちよう)・真野普門町

真野北(まのきた)村の西に位置する。天正一一年(一五八三)八月の御蔵入目録(浅野家文書)に普門村三〇〇石とある。寛永石高帳に村名がみえ、高五〇〇石余で旗本北見領。元禄一一年(一六九八)より堅田藩領で、元禄郷帳では高五二一石余。文政九年(一八二六)より下野佐野藩領。堅田藩では年貢の納期以前に領民から前借する先納銀という制度があり、領民はその資金調達のための借金に苦労し、しかもその利息が先納銀の利息より大きいので大きな負担だとして、元禄一七年当村など四村の庄屋は利息率を上げるよう要求している(新修大津市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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