智暉(読み)ちき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「智暉」の解説

智暉 ちき

1717-1785* 江戸時代中期の僧。
享保(きょうほう)2年生まれ。真言宗播磨(はりま)(兵庫県)の宝蔵寺出家。京都の智積(ちしゃく)院や山城(京都府)西明寺などでまなび,曇寂(どんじゃく)に師事。律や法相(ほっそう)をおしえた。山城春日(かすが)寺,播磨小山寺をひらいた。天明4年12月15日死去。68歳。播磨出身。字(あざな)は大幻(大玄)。号は空々庵。著作に「大日経疏同異」など。

智暉 ちくん

ちき

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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